清原和博 9歳 少年野球チーム岸和田リトルに入団

清原和博 9歳 少年野球チーム岸和田リトルに入団

清原和博 9歳 少年野球チーム岸和田リトルに入団

 

 

清原和博さんは1967年(昭和42年)
大阪府岸和田市で生まれ、
幼い頃から身体が大きく、
わんぱくでいたずらっこで、
よく同級生を力でねじ伏せ泣かせていました。

 

お母さんの影響で清原さんは、
プロ野球の読売ジャイアンツ(巨人)の大ファンとなり、
いつも巨人の帽子をかぶり、
パジャマはお母さん手作りの
背番号1の「王貞治パジャマ」と、
背番号3の「長嶋茂雄パジャマ」を愛用し、
その日活躍した方のパジャマを着て寝ていたそうです。

 

 

1976年、清原さんが小学3年生の時、
たまたま電信柱に貼ってある少年野球チーム
岸和田リトルの部員募集のポスターを見かけ、
入団テストを受けてみる事にしました。

 

清原さんは実はプロ野球を観るのは大好きでしたが、
実際にバットを持った事もなければ、
キャッチボールをした事もありませんでした。

 

せいぜい野球のマネをして石を投げたり、
木の棒で石を打つ遊びをした事がある程度でした。

 

一週間後に清原さんは入団テストの会場に向かい、
そこには市内全域の小学校の3、4年生が集まりました。

 

 

種目は50メートル走と遠投です。
清原さんの走りにタイムを計っていたコーチが
「すごい!今までの最高タイムだ」
と、驚くほどでした。

 

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遠投では、40メートルが合格ラインとされ、
清原さんの順番が来るまでは
50メートル程度が最高記録でしたが、
清原さんは70メートルの記録を出し、
テストを受けに来た子供たちはもちろん、
これを観ていたリトルの主力選手の5、6年生や
コーチもどよめくほどの記録でした。

 

清原さんは、もちろん入団テストに合格し、
岸和田リトルに入団。
清原さんの野球人生がここから始まるのでした。

 

という事で今回は
清原和博 9歳 少年野球チーム岸和田リトルに入団
というお話でした。

 

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