アンドリュー・カーネギー 8歳 政治・経済・人間関係を意識しながら学校に入学

アンドリュー・カーネギー 8歳 政治・経済・人間関係を意識しながら学校に入学

アンドリュー・カーネギー 8歳 政治・経済・人間関係を意識しながら学校に入学

 

「人間にとって生まれ故郷は重要な意味を持つ。
まだ人格が形成されていない子どもに刺激を与え、
強い影響を及ぼすからである。」
と語るアンドリュー・カーネギーさんは、
「幸いなことに、私は祖先にも生まれ故郷にも恵まれていた」
としています。

 

アンドリュー・カーネギーさんは、
スコットランドのダンファームリンで手織り職人の長男として生まれました。

 

町は政治的緊張に包まれ、
男たちが前かけ姿のまま、町で政治情勢について議論する姿
をアンドリュー・カーネギーさんは幼い頃から
目の当たりにし、
大人たちの集まる場所に加わり、大人たちの話に耳を傾けていた
といいます。

 

織物業で生計を立てていたお父さんですが、
産業革命の波が押し寄せ、はた織り技術が手動から
蒸気に変わり、大きな打撃を受けました。

 

両親がアンドリュー・カーネギーさんが望んだ時に学校に入学させる
としていましたが、そのような家庭の経済状況を子供ながらに察し、
自分から学校に行きたいとは言わなかったそうで、
両親もなかなか学校に行きたいと言わない息子に困っていたようです。

 

そんな中、両親が校長ロバート・マーティンさんに頼んで、
アンドリュー・カーネギーさんを同年代の子供たちと遠足に
連れていってくれるよう頼み、そのようなキッカケがあり、
アンドリュー・カーネギーさんは学校に入学したい旨、
両親に伝え、8歳で学校に入学することになります。
両親も心から安堵したといいます。

 

アンドリュー・カーネギーさんは、
学校に入学しても朝の井戸の水くみの仕事を行い、
帰りには買い物をして家族の役に立っていたといいます。

 

井戸くみの作業が午前中いっぱいかかる事もあったりで、
大好きだった学校も遅刻、欠席がちになっていましたが、
校長のマーティンさんもその事情を察し、
アンドリュー・カーネギーさんに寛容な態度で接していましたが、
同級生の目には、えこひいきされていると映ったようで、
「マーティンのペット」
という心ないあだ名をつけられたといいます。
その事があってアンドリュー・カーネギーさんは、
校長先生に迷惑をかけるわけにはいかないと、
意識して距離を置くようになりました。

 

後に、アンドリュー・カーネギーさんは、
マーティンさんに生前恩返しする事ができずに
悔やまれると述べています。

 

また、この頃、街の商店で、
「さくらんぼをひとつかみサービスしよう」
という店のおやじさんの言葉に、
アンドリュー・カーネギーさんは微動だにせず、
じっとしていました。
「どうしたい?さくらんぼはキライかい?」
と聞かれ、
「キライじゃない」
と答えるも、動こうとしません。
店のおじさんがしびれをきらし、
さくらんぼをつかんでアンドリュー・カーネギーさんの帽子の中に
入れてあげました。
後で、一緒にいたお母さんがその事を不思議に想い
アンドリュー・カーネギーさんにたずねたところ、
「僕よりおじさんの手の方が大きいからたくさんもらえるでしょ」
と答えたそうです。

 

 

 

という事で、アンドリュー・カーネギーさんが、
幼い頃から観察力、洞察力、想像力が非常に長けていた事が
感じられる8歳の頃のお話でした。

 

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