梅原大吾 14歳 ガイルの中足にリュウの大足を当てる

梅原大吾 14歳 ガイルの中足にリュウの大足を当てる

梅原大吾 14歳 ガイルの中足にリュウの大足を当てる

 

14歳で日本一、17歳で世界一となり、
「世界一長く賞金を稼いでいるプロ・ゲーマー」
としてギネスに認定された
日本人初の格闘ゲームのプロ・ゲーマー梅原大吾さんが、
14歳の頃にガイルの中足(しゃがみ中キック)を、
リュウの大足(しゃがみ大キック)で返すことに成功します。

 

1990年代、まだインターネットも普及していない頃、
格闘ゲームに関する情報はゲームセンターなどで
真偽もわからぬまま人づてに流れていました。

 

ストリートファイターUのガイルの
スキが少なくリーチも長いしゃがみ中キックは
強力な牽制技として知られていましたが、
14歳の梅原大吾さんは、
「そのガイルの中足の出かかりを見てから、
ザンギエフの大足(しゃがみ大キック)を
当てる事ができる奴がいる」
という噂を耳にします。
「それは無理だろ」
と思いつつ、
「それができるならば俺にできないはずがない」
と、スーパーファミコン版のストリートファイターUターボで
何度も挑戦します。

 

友人との対戦の中で、実践中に挑みますが、
うまくいきませんでした。

 

しびれを切らし、友人に「せーの」で
ガイルのしゃがみ中キックを出す事を頼みます。

 

「せーの」で出す事で、
なんと、ガイルの中足の出かかりに
リュウの大足を当てる事に成功します。

 

しかし、逆にこのタイミングは
「せーの」でやらなければできないほどシビアで、
これを実践で行うのは不可能だと痛感します。

 

しかし、数日後、ゲーセンにて、
噂のザンギエフ使いと遭遇します。

 

梅原さんは衝撃を受けます。

 

「確実に意識して当ててる」

 

しかし、ガイルVSザンギエフは
そもそものキャラの特性に大きな差があり、
ザンギエフは超不利で、対戦としては
ガイルを破る事はできませんでした。

 

周囲は「ガイルの中足に当てても、
結局勝てなければ意味がない」
と嘲笑していましたが、
梅原さんは「こいつらこの凄さを何もわかっていない」
と憤り、再びスーパーファミコンでの特訓を始めます。

 

ターボ10という通常の数倍のスピードに設定し、
友人にひたすら、ガイルのしゃがみ中キックを
出し続けるようお願いしました。

 

数時間を経過しても、やはりそれは至難のワザでした。
さすがに友人も指と精神の限界に達し
「普通にやろう」
と提案します。

 

普通のスピードに戻し、
梅原さんは思います。
「遅く見える」
そしてついにガイルの中足に
リュウの大足を当てる事に成功します。

 

この時梅原さんは
「見えないと思っていたものが見える事を知った」
と言っています。

 

このエピソードは梅原さんを象徴するエピソードとして知られています。
なお、このくだりや梅原さんの中学生時代のゲーム人生については、
こちらの漫画にて詳しく描かれています。

 

ウメハラ To live is to game 

梅原大吾/監修 西出ケンゴロー/作画 折笠格/原作

 

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