松本人志 11歳 臨海学校で漫才をし、同級生の高須光聖落ち込む

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松本人志 11歳 臨海学校で漫才をし、同級生の高須光聖落ち込む

松本人志さんが小学五年生の頃、
当時コンビを組んでいた伊東さんに
「臨海学校で漫才をやろう」と
声をかけられました。

 

普段から当然のように皆がコンビを組んで漫才をしたり、
コントをしているような小学校ではあったという事ですが、
臨海学校に向けて伊東さんがかなり気合いを入れていて、
2ヶ月前から松本人志さんと稽古に入りました。

 

松本人志さんは基本的に
誘われなければ動かないタイプでしたが、
伊東さんがやる気マンマンでどんどん段取りを決め、
準備をすすめていきました。

 

とは言っても、別に臨海学校で、
出し物をするという時間が
決まっていたわけでもなく、
漫才をする時間があるのかどうか、
また、漫才をする事を先生が許すかどうか
など全く考えずに、
ひたすらネタ作りと稽古をしていたといいます。

 

衣装なども用意し、臨海学校の当日を迎え、
宿についてから自由時間になった時に、
伊東さんが漫才をすると皆に伝えて人を集めました。

 

先生もそれを聞いて、
「漫才をするのか」と、
舞台の準備やマイクを
セッティングしてくれたといいます。

 

後に松本人志さんは
「笑いをやろうとしている者、
漫才をやろうとしている者をジャマしてはいけない
というムードがあった」
と語っています。

 

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その漫才は、尼崎の小さい街に二軒しかない歯医者の先生が
偶然、街で会い、ケンカをするという設定だったといいます。

 

高須光聖さんはその漫才を目の当たりにし、
その秀逸な設定と内容のおもしろさに、
正直落ち込んだといいます。

 

見ていた同級生は皆爆笑していたという事ですが、
それを見ていた高須光聖さんは、
同じく同級生でそこにいた浜田雅功さんも
すごすぎて笑えなかったんじゃないかと
語っていました。

 

松本人志さんは、「三段オチ」「天丼」といった、
技法の名前は知らなくても、感覚として当然に理解し、
それを組み込んで漫才やコントを構成し、
それを当たり前にやっている小学生だったと振り返っています。

 

松本人志さんの凄さもさる事ながら、
小学五年生でその凄さを感じ、落ち込むという感覚になる
高須光聖さんも、やはり当時から只者ではないと
感じさせるエピソードです。

 

という事で今回は、
松本人志 11歳 臨海学校で漫才をし、同級生の高須光聖落ち込む
というお話でした。
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