坂本龍馬 27歳 勝海舟と会い、その場で弟子入りする

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坂本龍馬 27歳 勝海舟と会い、その場で弟子入りする

坂本龍馬さんは、18歳の頃に浦賀で黒船を目撃し、
大きな衝撃を受け、その後ジョン万次郎漂流記を書いた
土佐藩出身のインテリ絵師・河田小龍さんから世界の話を聞いて、
大きなカルチャーショックを受け、世界への好奇心と
大きな野心を抱き、その後も剣術の修行に励みました。

 

黒船の来航以降、
幕府を壊し外国を追い払おうと考える
攘夷派と、開国を考え幕府の存続を支持する佐幕派が対立し、
幕府が攘夷派を排斥するため監禁、拷問、処刑などをした
「安政の大獄」という事件があり、
その幕府の態度に反発した攘夷派が大老・井伊直弼を暗殺する
「桜田門外の変」といった事件が起こったり、
非常に殺伐とした緊張感が漂う状況となっていました。

 

1862年(文久2年)、脱藩した坂本龍馬さんは、
九州・大坂を転々としながら、
江戸の剣術の道場の千葉重太郎さんとともに、
幕府の役人・勝海舟さんを訪ねてみようともくろみます。

 

勝海舟さんは咸臨丸という船でアメリカを視察に行った人物で、
坂本龍馬さんはこの人物の見解を聞いてみたいと思っていました。

 

千葉重太郎さんは「そんなお偉いさん、会ってくれるのか?」
と思っていましたが、坂本龍馬さんは幕府政事総裁職にあった
前福井藩主・松平春嶽さんから紹介状を書いてもらい、
勝海舟さんと会う機会を作り出しました。

 

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坂本龍馬さんは勝海舟と会う前は、
開国論者の勝海舟さんを、返答次第では斬り捨てるつもりで、
勝海舟さんの邸宅を訪ねました。

 

そこで勝海舟さんは、
「君らも私を斬りに来たか?
まあ、斬るにしても話を聞いてからでもいいだろう?」

 

と、余裕あふれる堂々とした立ち振舞で、
坂本龍馬さんと、千葉重太郎さんを迎え、
その時点で2人を圧倒しました。

 

勝海舟さんは、西洋諸国の文明レベルの高さや、
保有している武器のクオリティ、量などを語り、
その連中と渡り合うにはどうすればよいかという話を展開しました。

 

勝海舟さんは、日本に海軍を作り、貿易を行い資金力を付け、
アジア諸国と手を組む事で、世界屈指の勢力を持つ事ができる
という持論を展開しました。

 

坂本龍馬さんはあまりのスケールのデカイ話にクラクラし、
佐幕派、攘夷派だと騒いでいる連中とは格が違うと感服し、
その場で勝海舟さんに、弟子にしてくださいと願い出ました。

 

自分を殺しにきた連中を感服させ「弟子にしてください」とまで
言わせる勝海舟さんの凄さもさることながら、
柔軟に話を聞いて、ホンモノを見極め、恥も外聞も捨て、
「弟子にしてください」
とまでいう事のできる坂本龍馬さんの凄さもすさまじいものがあります。
人並み外れたデカイ度量の2人が出会った瞬間でした。

 

という事で今回は
坂本龍馬 27歳 勝海舟と会い、その場で弟子入りする
というお話でした。
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