劉備玄徳 23歳 「桃園の誓い」関羽雲長・張飛翼徳と義兄弟の契りを交わす

劉備玄徳 23歳 「桃園の誓い」関羽雲長・張飛翼徳と義兄弟の契りを交わす

劉備玄徳 23歳 「桃園の誓い」関羽雲長・張飛翼徳と義兄弟の契りを交わす

 

 

劉備玄徳(りゅうびげんとく)は貧しい農家の生まれでしたが、
中山靖王劉勝(ちゅうざんせいおうりゅうしょう)の末裔という
由緒正しき血筋の男で、
当時非常に高価だったお茶を母親に飲ませるために
一年間がんばってお金を貯める孝行息子でした。
(ちなみに身長は173センチほどで、腕が長く,
気をつけの姿勢の状態で膝まで届くほどで、
耳も自分で見えるぐらい長かったといいます。)

 

劉備玄徳が23歳の頃、政治はだいぶ荒れていまして、
それに不満を持った黄巾党という
黄色の布がモチーフのカラーギャングのような集団が力を付け、
官軍を脅かすほどになっていました。

 

そもそもは悪政に反発し、結成された黄巾党ですが、
だんだん力をつけるにつれて、無銭飲食をしたり、
好き勝手にやりたい放題し始めました。
そこで、官軍は賊軍・黄巾党を制圧すべく兵を募るのでした。

 

そんな中、関羽雲長(かんう うんちょう)、張飛翼徳(ちょうひ よくとく)という
豪傑が劉備玄徳と出会い、その由緒正しき血筋が放つ圧倒的オーラに魅せられ、
劉備玄徳の弟分となる事を誓うのでした。

 

 

「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、
心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。
上は国家に報い、
下は民を安んずることを誓う。
同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、
同年、同月、同日に死せん事を願わん」
と、
生まれた日は違うけれど死ぬ日は同じだという契りを三人で交わします。
これを「桃園の誓い」といいます。

 

こうして、関羽、張飛は劉備を「兄者(あにじゃ)」と慕うようになり、
三国志のストーリーの幕開けともなるエピソードです。
劉備玄徳23歳のエピソードでした。

 

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