岡本太郎 21歳 パブロ・ピカソの絵に衝撃を受ける

スポンサードリンク

岡本太郎 21歳 ピカソの絵に衝撃を受ける

1929年(昭和4年)、18歳の岡本太郎さんは、父・一平さんの仕事
(ロンドン軍縮会議の取材)の都合で、一家でヨーロッパに渡りました。

 

一家は旅路を満喫し、フランスに5日間ほど滞在し、
ショーやお芝居を観劇し、
その後、一平さんと、岡本太郎さんの母・かの子さんは
イギリスのロンドンに行き、
岡本太郎さんは一人フランスに残り、パリに滞在しました。

 

岡本太郎さんは、パリ郊外のセーヌ県ショアジール・ル・ロワのリセという
市立学校の寄宿舎で生活し、フランス語を習得し、
パリ大学ソルボンヌ校では哲学・社会学・民族学
について学び始めました。

 

岡本太郎さんは、絵を描くための具体的な技術よりも、
「なぜ、絵を描くのか」
という表現の根底にある深層心理に興味があり、
また、手応えのあるそれを見い出せずにいたのかもしれません。

 

スポンサードリンク

 

ヨーロッパを訪れ、様々なカルチャーや芸術に触れ、
大学で学び、日々刺激を受け続けた岡本太郎さんですが、
その中でも1932年、岡本太郎さんが21歳の時に
ラ・ポエッシー街のポール・ローザンベール画廊で
パブロ・ピカソさんの「水差しと果物鉢」という巨大画を見た時に、
「これだ!」と、魂が震撼し、涙が溢れ出たといいます。

 

人間の魂が発するエネルギーの具現化を
パブロ・ピカソさんの絵から感じ取り、
これこそが、自分が追求すべき道であるという実感を得ました。

 

この時、岡本太郎さんにとって、パブロ・ピカソさんが
超えるべき目標として強烈に印象付けられました。

 

岡本太郎さんが初めて正式に世に作品を発表するのは、
この翌年の事でした。

 

という事で今回は
岡本太郎 21歳 ピカソの絵に衝撃を受ける
というお話でした。

 

 

偉人たちの20代一覧へ

関連記事
スポンサードリンク
スポンサードリンク


ホーム 人物名鑑 人生相談 今日は何の日? リラックス法学部 全記事一覧