湯川秀樹 28歳 中間子に関する初めての論文「素粒子の相互作用について1」を発表

湯川秀樹 28歳 中間子に関する初めての論文「素粒子の相互作用について1」を発表

湯川秀樹 28歳 中間子に関する初めての論文「素粒子の相互作用について1」を発表

 

湯川秀樹さんは、1926年(昭和元年)に
京都帝国大学理学部物理学科に入学し、
中学・高校の同級生で後にノーベル物理学賞を受賞する
朝永振一郎さんなど優秀な仲間とともに、
世界の物理学に対抗すべく
日々研究に明け暮れました。

 

大学卒業後は理学部の助手として研究室に入り、
さらに物理の道を追究しますが、世界中で物理学の新発見が
相次ぐ中、湯川秀樹さんは、なかなか目立った実績を上げることができず
焦る気持ちでいました。

 

湯川秀樹さんは中性子と陽子を結びつける力「核力」について研究を
していましたが、この核力の正体として
「新しい粒子」の存在があるのではないかと意識し始めました。

 

湯川秀樹さんはこの「新しい粒子」の存在についての論文を
1934年28歳の時に
「素粒子の相互作用について1」
として発表しました。

 

後にこの「新しい粒子」は「中間子」として発見され、
湯川秀樹さんのこの論文は、物理学の大きな進展となる第一歩
となり、ノーベル物理学賞を受賞するに至るわけですが、
発表してしばらくは何の音沙汰もありませんでした。

 

当時の物理界では、湯川秀樹さんは全くの無名で、
無名の日本人の書いた論文というだけで、
まともに相手にもされないという状況だったのです。

 

湯川秀樹さんの論文を評価した物理学仲間の
朝永振一郎さん、仁科芳雄さん、菊池正士さん
が世界にこの論文をアピールしますが、
湯川秀樹さんの論文が認められるには、
時間がかかるのでした。
この論文をキッカケに湯川秀樹さんが
ノーベル物理学賞を受賞するのは、論文を発表してから
14年後の事でした。

 

という事で今回は
湯川秀樹 28歳 中間子に関する初めての論文「素粒子の相互作用について1」を発表
というお話でした。
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