草野仁 22歳 相撲で国体・長崎県予選で優勝するも国体出場を辞退

草野仁 22歳 相撲で国体・長崎県予選で優勝するも国体出場を辞退

草野仁 22歳 相撲で国体・長崎県予選で優勝するも国体出場を辞退

 

草野仁さんは、お兄さん2人は真面目で、
二人とも東京大学に入る勉強熱心な方で、
自身は子供の頃は勉強ギライで、
とにかく外で遊び回っていたといい、
仲間の中で相撲をとっても
一番強かったといいます。

 

中学時代には長崎県大会の陸上100mで優勝し、
高校時には100mを11秒2という当時の高校生の
トップレベルの記録を出し、
卓越した運動能力を誇っていました。

 

草野仁さんは自身で「勉強ギライ」としながらも
その後、東京大学文学部社会学科に入学します。

 

1966年(昭和41年)、草野仁さんが大学4年生の頃、
家族ぐるみで仲良くしていた十両の力士・雲仙山さんが
「長崎の国体予選の相撲の選手が足りないから出てくれ」
と、草野仁さんの腕っぷしを見込んで声をかけ、
120〜130キロの体格の力士が集う大会に
草野仁さんは当時77.5kgの体で「恐る恐る」
その大会に出場する事になりました。

 

予選を難なく全勝し、
予選を全勝で勝ち抜いたどうしの決勝戦で、
130キロの体格の前年度代表者の前田さんと対戦します。

 

「相撲も他の格闘技もそうだが、向かい合った時に
相手の力量がだいたいわかる」

 

という草野仁さんは、立ち合いから組み合った瞬間に、

 

「これは力負けしないな」

 

という感触だったといいます。

 

土俵際で投げの打ち合いとなり、両者、身体が飛び出し、
草野仁さんは勝ったと思ったそうですが、
軍配は前田さんに上がりました。

 

しかし、その取り組みを見ていた審判長の雲仙山さんが異議を申立て
もう一番となりました。

 

一度目の取り組みで
「力負けしない」
という手応えを感じたという草野仁さんでしたが、
「真正面から力の勝負をしても負けないだろうが、
次は技術を試してみよう」
と思い、44代横綱栃錦と取り組みをイメージし、
二度目は立ち合いから2秒で草野仁さんが、
前年度優勝者の前田さんを軽々さばいて、
優勝を手にしました。

 

草野仁さんは、「選手が足りないから」
という理由で大会に出場し、県の代表の座を手にしてしまいますが、
ちょうど大学4年生の卒業論文を書いている時期で、
こちらに支障が出るという事で国体の出場を辞退しました。

 

ちなみに草野仁さんが書いた卒業論文のテーマは
「戦後沖縄における対米感の推移」
でした。

 

という事で今回は
草野仁 22歳 相撲で国体・長崎県予選で優勝するも国体出場を辞退
というお話でした。

 

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