渋沢栄一 27歳 フランス・パリを見て銀行・株式会社に注目

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渋沢栄一 27歳 フランス・パリを見て銀行・株式会社に注目

徳川御三卿一橋家に士官していた
渋沢栄一さんは、
主君の慶喜さんが将軍となったのに伴い
幕臣となりました。

 

慶喜さんの弟・昭武さんが
フランスのパリで行われる
万国博覧会への幕府使節として派遣される事になり、
1867年、渋沢栄一さんは
随員として御勘定格陸軍付調役の肩書を得て、
会計・記録係としてフランスへと渡航しました。

 

渋沢栄一さんはフランスで、
商人に過ぎない銀行が、
武士である軍人と対等に交渉する姿に
衝撃を受けました。

 

それは当時の士農工商という
身分制度のある日本では考えられない事で、
国が豊かになるには、商業と政治の対等な関係が
必要かもしれないと感じ、
フランスから学ぶべき点は多いと考え、
必死に吸収していきました。

 

また、渋沢栄一さんは蒸気機関車、電灯など
最新の技術を目の当たりにし、
鉄道のような大規模な事業が行う事ができるのは、
銀行、証券会社といった金融機関と
資金を集めて利益を分配するという
株式会社という仕組みが背景にある事に
大きな学びと刺激を受けました。

 

渋沢栄一さんは産業の発展のために、
産業そのものの技術よりもむしろ、
その産業を生み出すために必要なお金を集める
銀行、株式会社という仕組みに注目し、
日本の発展のためにこれらの知識をどのように吸収、
実践すればよいか想いを巡らせました。

 

 

という事で今回は
渋沢栄一 27歳 フランス・パリを見て銀行・株式会社に注目
というお話でした。
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