手塚治虫 25歳 トキワ荘に引っ越す

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手塚治虫 25歳 トキワ荘に引っ越す

東京の雑誌で多くの連載を持つようになった手塚治虫先生が、
24歳の時に上京します。

 

はじめは、四谷の八百屋の2階に下宿していましたが、
締め切りが近づくと、夜中でも編集者が押し寄せてくるので、
大家さんに迷惑がかかるという事で、
1953年、手塚治虫先生25歳の時に
豊島区のトキワ荘に引っ越しました。

 

トキワ荘は木造2階建て、トイレ、炊事場は共同、
四畳半の部屋でした。

 

当時は新築でしたが、ずさんな作りのため、
すき間風がひどく、急な階段もギシギシときしむ
というものでした。

 

トキワ荘に引っ越した翌年、
手塚治虫先生は関西長者番付で画家の部で
トップになるほどになっていました。

 

週刊誌の記者が、そんな長者番付に載った
手塚治虫先生を取材するため、
トキワ荘に訪れた時に、このボロアパートに驚き、
「百万長者の部屋はボロアパート」
という記事を書いたそうです。

 

手塚治虫先生はその事を気にして、
大型テレビ、ピアノ、オーディオセットなど
高級品を買い込んで飾りつけたといいます。

 

しかし、四畳半の部屋にそれらを置いて、
かなり窮屈な生活となってしまいました…。

 

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このような話からも手塚治虫先生は、
周囲の目、評判、人気、イメージといったものを
すごく気にし、思い悩む繊細で
愚直な性格だという事がうかがえます…。

 

手塚治虫先生はこの部屋で、
「ジャングル大帝」「鉄腕アトム」
といった名作を生み出します。
そして、漫画家の寺田ヒロオ先生も
トキワ荘にやってきて、
手塚治虫先生はトキワ荘で
一年半暮らした後は引っ越しますが、
その後、手塚治虫先生に憧れる
安孫子素雄先生(藤子不二雄A)、藤本弘先生(藤子・F・不二雄)、
石ノ森章太郎先生、赤塚不二夫先生、水野英子先生
といった方々がトキワ荘に移り住み、
トキワ荘は漫画家の聖地として
伝説的な場所となります。

 

その後、1982年にはトキワ荘は
老朽化がすすみ取り壊されましたが、
後に、記念碑「トキワ荘のヒーローたち」が設置され、
2013年12月15日にはトキワ荘があった通りに
「豊島区トキワ荘通りお休み処」
がオープンしました。

 

という事で、今回は、後に伝説的な場所となるトキワ荘に
手塚治虫先生が25歳の時に引っ越すというお話でした。
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