嘉納治五郎 22歳 柔道を作る

嘉納治五郎 22歳 柔道を作る

嘉納治五郎 22歳 柔道を作る

 

1860年12月9日(万延元年10月28日)
摂津国(現在の兵庫県)に生まれ
育英義塾(のちの育英高校)に入塾し、
その後、15歳で官立東京開成学校(のちの東京大学)に
進学しました。

 

勉強はできるものの
背が低く華奢な嘉納治五郎は
同級生に見下されていました。

 

なんとか彼らを見返したいという想いから、
嘉納治五郎さんは柔術を学びたいと考えます。

 

しかし、当時、柔術というものは軽視され、
その道場を見つけるのも苦労しました。

 

柳生心眼流の大島一学に短期間入門したりした後、
天神真楊流柔術の福田八之助さんに
念願の柔術入門を果たしました。

 

嘉納治五郎さんは柔術の道場に通い、
かんしゃく持ちだった性格が改善され、
精神的に落ち着きが出て、自分を自制する力が
養われたと感じ、柔術には人を高める力が
あると感じます。

 

嘉納治五郎さんは学業の成績も非常に優秀で
東京大学に進学し、22歳で学習院で教壇に立ち
学生の指導をするようになりました。

 

学習院の学生に柔術も教えたいと考えた
嘉納治五郎さんでしたが、
古流武術の柔術の説明は実践で体得するもので、
授業で理屈として教えることができない
という壁にぶつかります。

 

そこで、どうにか日本のすばらしい伝統武術を
多くの人に継承させたいという強い想いから、
試行錯誤を続けました。

 

拳法や柔術の理論で説明できる部分を研究し、
崩しの理論などを確立して独自の武術を
再構築し、それを柔道と名づけました。

 

そして嘉納治五郎さんは1882年(明治15年)、
囲碁・将棋から段位制を取り入れた柔道の道場
「講道館」を開きました。

 

という事で今回は
嘉納治五郎 22歳 柔道を作る
というお話でした。

 

偉人たちの20代一覧へ

関連記事
スポンサードリンク
スポンサードリンク


ホーム 人物名鑑 人生相談 今日は何の日? リラックス法学部 全記事一覧