夏目漱石 22歳 正岡子規と出会い、親交を深める

夏目漱石 22歳 正岡子規と出会い、親交を深める

夏目漱石 22歳 正岡子規と出会い、親交を深める

 

 

 

夏目漱石(本名・夏目金之助)さんは、1890年(明治23年)に
東京帝国大学英文科に入学しますが、大学に入る一年前に
正岡子規さんと出会い、親交を深めます。
ちなみに「漱石」という名は、
もともと正岡子規さんがいくつか使っていたペンネームのひとつで、
それをもらう形で「夏目漱石」というペンネームが
生まれました。

 

夏目漱石さんは、大学入学前に大学予備門というところで
勉学に励んでおりましたが、
その頃同級生の米山保三郎さんという友人と出会い、
大きな影響を受けましたが、
同じクラスでもう一人米山保三郎さんから大きな影響を受けた人物
がいました。
正岡子規(本名・正岡常規)さんです。
予備門の頃は、正岡子規さんは米山保三郎さんと
哲学を論じ合い、切磋琢磨していました。

 

下宿で夜通し語り合い、正岡子規さんは米山保三郎さんの
知識量に圧倒され、米山保三郎さんが帰ってからも
呆然として動けなくなったといいます。

 

正岡子規さんは愛媛県の出身で、政治家になる事を志して上京し、
大学に入ってからは文学の世界にどっぷりとハマり、
俳句や短歌の革新を唱えて、多くの歌人に影響を与え、
近代俳句、近代短歌の礎を築いていきます。

 

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そんな正岡子規さんが夏目漱石さんと出会ったのは大学に
入る一年前、予備門で同じクラスだった頃、
夏目漱石さんは落語が好きで、
よく寄席を観に行っていて、正岡子規さんも寄席が好きで
次第にその共通の趣味で親しくなっていきました。

 

そして、正岡子規さんが書いた漢詩文集と、
夏目漱石さんが書いた紀行文集を互いに読んで、
お互いにそのレビューを書くという事をし、
さらに親交が深まっていきました。

 

文学の世界ではすっかり意気投合し、
しのぎを削る間柄でしたが、
学校の勉強への態度は正反対で、
夏目漱石さんは真面目に授業に出て、
特待生になるほどの優秀な成績をおさめていたのに対し、
正岡子規さんは学校には滅多に行かず、
夏目漱石さんにノートを見せてもらって
試験をなんとか乗り切っていたという状態だったようです。

 

そんな間柄で、2人は互いに切磋琢磨し、
学生時代を過ごしたのでありました。

 

という事で、今回は
日本の文学界の超重要人物が出会うお話でした。
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