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坂本龍馬 30歳 薩摩藩・西郷隆盛の協力を得て亀山社中(海援隊)設立

坂本龍馬さんは勝海舟さんに弟子入りし、
脱藩した志士たちを集めて
航海術を学ぶための学校・神戸海軍操練所を
1864年に立ち上げましたが、
新選組が攘夷派の集まる池田屋を襲撃する
「池田屋事件」が起こり、攘夷派の人間に神戸海軍操練所の
練習生もおり、幕府の機関でありながら反幕府的な色合いが濃いとして
幕府からマークされ、まもなく神戸海軍操練所は
廃止されてしまいました。

 

神戸海軍操練所を立ち上げて早々に
出鼻をくじかれてしまった坂本龍馬さん
でしたが、情熱は冷めるどころか、
さらに増し、海運業を起こし財を成す事を考え始め、
倒幕の想いはさらに強くなりました。

 

当時の日本の二大勢力、薩摩藩と長州藩が組めば、
幕府を倒す事ができるかもしれないと考え、
この2つを結びつける事を考えました。
しかし、この2つの藩は犬猿の仲で、
この2つの藩が組むなどという事は
周囲の誰もが不可能だと思っていました。

 

坂本龍馬さんは薩摩藩のリーダー・西郷隆盛さん、
長州藩のリーダー・桂小五郎さんに会い、
それぞれに説得を続けました。

 

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坂本龍馬さんは西郷隆盛さんを
「少し叩けば少し響き、大きく叩けば大きく響く」
と評し、
西郷隆盛さんは坂本龍馬さんを、
「こんなに度量が大きな男は初めてだ」
と評したといいます。

 

1865年、坂本龍馬さんは薩摩藩と長州藩の
間を取り持つために動きまわながら、
薩摩藩の協力を得て、長崎に日本初の会社となる
亀山社中(海援隊)を設立しました。

 

この亀山社中(海援隊)の存在が、
薩摩藩と長州藩の同盟関係をつなぐ、
重要なカギとなるのでした。
という事で今回は、
坂本龍馬 30歳 亀山社中(海援隊)設立
というお話でした。

 

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