織田信長 34歳「天下布武」のハンコを使い始め、妹・お市の方を浅井長政に嫁がせる

織田信長 34歳「天下布武」のハンコを使い始め、妹・お市の方を浅井長政に嫁がせる

織田信長 34歳「天下布武」のハンコを使い始め、妹・お市の方を浅井長政に嫁がせる

 

織田信長さんは、美濃国を攻略した際に、
稲葉山の城下の井口(いのくち)を「岐阜」
と改めました。
岐阜という地名は中国の故事に由来し、
天下泰平の世となった周王朝発祥の地岐山の「岐」と
孔子の生まれた地・曲阜の「阜」をとって
岐阜と名付けたという説があります。

 

また、織田信長さんはこのあたりから「天下布武」というハンコを
使い始めます。
「天下布武」という言葉にどこまでの意味が込められていたかは
色々な説や憶測があります・
「天下」が日本列島全部を指すものと考えるものもあれば、
足利将軍の勢力下の畿内一円を指すものと考えるものもあります。

 

また、「武」のニュアンスも、「武力で天下を取る」ととらえるものもあれば、
武とは周の武王の「七徳の武」を指し、
暴力を禁じて、戦をおさめ、大国を保ち、功を定め、
民を安んじ、衆を和し、財を豊かにするという
七つを意味とすると考えるものもあります。

 

 

 

また、京の都をおさえる事を視野に入れていた織田信長さんは、この頃
近江の北半分を支配し、着々と力をつけていた戦国大名・浅井長政さんを、
脅威に感じていました。
そこで妹のお市の方を嫁がせ、浅井長政さんと同盟を結びました。
お市の方は近隣に並ぶ者がいないと言われた絶世の美女で、
浅井長政さんは幸せ者として周囲にうらやまれました。

 

政略結婚ではありましたが、お市の方も次第に夫・浅井長政さんを
心から愛していきました。
しかし、1570年の姉川の戦いで、
織田信長さんと浅井長政さんは戦火を交える事となり、
お市の方は夫と兄の闘いという辛い立場におかれる事になってしまいます…。

 

という事で、今回は
織田信長 34歳「天下布武」のハンコを使い始め、妹・お市の方を浅井長政に嫁がせる
というお話でした。
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