奥田民生 31歳 「PUFFY」のプロデュースを開始

奥田民生 31歳 「PUFFY」のプロデュースを開始

奥田民生 31歳 「PUFFY」のプロデュースを開始

 

奥田民生さんは、1993年にユニコーンを解散し、
1994年にシングル「愛のために」でソロ活動を開始し、
1995年に「PUFFY」音楽プロデューサーとしての活動を開始し、
1996年に井上陽水さんが作詞を担当した『アジアの純真』で、
PUFFYはCDデビューし、デビュー曲から大ヒットとなりました。

 

PUFFYのメンバーは奥田民生さんと同じ
芸能事務所・株式会社ソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)
に所属する大貫亜美さんと、吉村由美さんで、
2人はそもそも真剣に音楽活動を望んで事務所に所属したというよりは、
どちらも「成り行き」的に入ったような感じがあり、
それが奥田民生さんの作る楽曲の世界観と絶妙にマッチしました。

 

90年代の音楽シーンは、小室哲哉さんがプロデュースする、
打ち込みの電子音「小室サウンド」が非常に盛り上がり、
TRF、安室奈美恵さん、MAX、SPEEDといった
ストイックなダンスパフォーマンスが音楽番組を賑わせていた中、
PUFFYの楽曲と、Tシャツ、ジーンズのゆる〜い出で立ちで、
手をぶらぶらさせたゆる〜い振り付けの
他に類を見ないスタンスがウケ、大ヒットとなりました。

 

その後もPUFFYはヒットを連発し、
その人気は日本だけにとどまらず、
国内外問わず多くのイベントやフェスに参加し、
アメリカでPUFFYをモデルとしたアニメ番組
『Hi Hi Puffy AmiYumi』がでスタートし、大人気となり、
世界110カ国以上で放映されています。

 

という事で、今回は
奥田民生 31歳 「PUFFY」のプロデュースを開始
というお話でした。
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