ボブ・マーリー 31歳 銃弾を受けながらも「スマイル・ジャマイカ」開催

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ボブ・マーリー 31歳 銃弾を受けながらも「スマイル・ジャマイカ」開催

Bob Marley(ボブ・マーリー)さんは
1976年4月30日、
ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズとしてアルバム
「Rastaman Vibrationラスタマン・ヴァイブレーション」
を発表します。

 

 

 

この年は、ジャマイカの総選挙を前にして、
首相のマイケル・マンリーさん率いる人民国家党(PNP)と、
エドワード・シーガさん率いるジャマイカ労働党(JLP)の
対立が激化し、それぞれの党の支持者の対立も激しくなり、
ピリピリとした雰囲気が漂っていました。

 

首相は非常事態体制をしき、
反政府の表現者に神経を尖らせ、
ボブ・マーリーさんの楽曲も検閲にかけられ、
数曲を発売禁止とされました。

 

このような緊張が続く中、
ボブ・マーリーさんは
敵対するPNPとJLPやその支持者に
平和を呼びかけるという主旨で
「スマイル・ジャマイカ」という無料コンサート
を開催する事にしました。

 

そして総選挙はこのコンサートの
2週間後と発表されました。

 

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このコンサートの開催に向けて
リハーサルをするボブ・マーリーさんに、
匿名での警告や脅迫状が届きました。
そしてコンサートの2日前、
コンサートに向けてリハーサルをしているところに
ジャマイカ労働党の過激派数人が乱入し、発砲。
ボブ・マーリーさんやウェイラーズのメンバーは
銃弾を受けました。

 

ボブ・マーリーさんはこのような事件があっても
脅しには屈せず、コンサートの開催を
あきらめませんでした。

 

2日後、「スマイルジャマイカ」の会場
ジャマイカの首都・キングストンの
ナショナル・ヒーローズ・パークには
8万人の人が集まり、
凄まじい熱気が帯びていました。

 

ボブ・マーリーの登場に会場は湧き上がり、
「このコンサートを開催する時は
政治の事なんか考えていなかった。
人を愛する心のために演奏したかった。」

 

といい、ボブ・マーリーさんは腕に銃弾を浴び、
ギターを弾く事はできなくなっていましたが、
「War(ウォー)」を激しく演奏し、
その後90分に渡るライブを行いました。

 

そしてボブ・マーリーさんはジャマイカにいる事に
命の危険を感じ、コンサート終了後、
ジャマイカから出ました。
後に「亡命の時代」と呼ばれる時期です。

 

という事で今回は
ボブ・マーリー 31歳 銃弾を受けながらも「スマイル・ジャマイカ」開催
というお話でした。

 

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