六平直政 34歳 300種類のアルバイトを経て、役者1本に

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六平直政 34歳 300種類のアルバイトを経て、役者1本に

六平直政(むさかなおまさ)さんは、
1954年(昭和29年)、東京都中野区で生まれ、
武蔵野美術大学彫刻科を卒業後、
同大学大学院修士課程を中退し
劇団東京乾電池、状況劇場を経て、
新宿梁山泊の旗揚げに参加し、役者としての活動を
精力的に行いながら、生活費を稼ぐために、
34歳まで様々なアルバイトを経験し、
300種類以上の職種を経験したといいます。

 

(ちなみに、ナニワ金融道の作者の青木雄二さん、
カバチタレ!、がんぼの原作者の田島隆さんも、
多くの職種を経験し、作品に生かしていますが、
お二方は約30種類の職種と言われており、
六平さんはさらにゼロがひとつ多いのは驚愕の数字です。)

 

また、美大の修士課程まで進んだ六平さんは、
芸術的素養ももちろんの事、
溶接の免許まで持っていて
舞台装置の設営など大道具・小道具の仕事も
任されていました。

 

六平さんは劇団に嫌気がさしてきて
脱走した事もあるようです。
この時は、同期の佐野史郎さんが
六平さんを捜し出して引き留め、
佐野さんとはその当時からの親友だそうです。

 

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ちなみに六平さんは大道具として、
『夜のヒットスタジオ』のセット、
郷ひろみさんの結婚式、武田鉄矢さんのコンサート、
石原裕次郎さんの葬儀なども手がけていたそうです…。

 

34歳のとき、以前から親交のあった柄本明さんに、
彼の所属する事務所に誘われ、それから仕事が増えて
役者一本でやっていく事ができるようになったそうです。

 

その後、六平さんは、ヤクザ役から刑事役、
ちょっとトボけたマヌケなキャラまで、
本人をして
「考えつく限りの役はやった」
と言わしめるほどの多種多様な役を演じ、
大活躍していきます。

 

という事で今回は
六平直政 34歳 300種類のアルバイトを経て、役者1本に
というお話でした。

 

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