種田山頭火 34歳 自由律俳句誌「層雲」の選者となる

種田山頭火 34歳 自由律俳句誌「層雲」の選者となる

種田山頭火 34歳 自由律俳句誌「層雲」の選者となる

 

種田山頭火(本名・種田正一)さんは、
1882年(明治15年)12月3日、山口県で
大地主・種田家の長男として生まれました。

 

山頭火さんが9歳の時に、お母さんのフサさんが
自宅の井戸に身を投げて自殺しました。
父親の浮気グセと、金づかいの荒さが
フサさんの自殺の原因とみられています。

 

山頭火さんは井戸から引き上げられたお母さんの
姿を目の当たりにし、少年時代に心に大きな傷を負います。
後に「私の不幸は母の自殺から始まる」
と記しています。

 

山頭火さんは、お母さんの死後、
祖母ツルさんに育てられ、悲しみを拭い去るべく
勉強に励み、14歳の頃に山頭火さんは俳句に出会いました。
山頭火さんはこの学生時代に、
学友らと文芸同人雑誌を発行するなど
精力的に活動していました。
そして私立周陽学舎(現在・山口県立防府高等学校)を、
主席で卒業しました。

 

私立東京専門学校(早稲田大学の前身)に進学し、
その頃はお酒の飲みすぎと神経衰弱により、
大学中退を余儀なくされました。

 

そして、苦難は続き、お父さんが相場取引に
失敗し、種田家は窮地に追いやられました。

 

山頭火さんは種田家の復興を計るべく
酒造業を開業し、
村会議員の佐藤光之輔さんの長女サキノさんと結婚し、
翌年には長男健さんが生まれました。

 

俳句の活動も精力的に行いました。
季語や字数にとらわれず感情を自由に読む
自由律俳句を打ち出した
俳句の革命児・荻原井泉水さんが主催する
新傾向俳句誌「層雲」に、
山頭火さんは投稿を続け、掲載されるようになりました。
俳号にも「山頭火」という号を使いはじめる
ようになりました。

 

次第に山頭火さんは注目を集め、34歳で「層雲」の
選者となりました。
山頭火さんの人生に少しづつ実りが
見えてきた時期でありました。

 

 

 

という事で今回は
種田山頭火 34歳 自由律俳句誌「層雲」の選者となる
というお話でした。

 

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