湯川秀樹 42歳 ノーベル物理学賞を受賞

湯川秀樹 42歳 ノーベル物理学賞を受賞

湯川秀樹 42歳 ノーベル物理学賞を受賞

 

 

1934年、湯川秀樹さんは28歳の時に
中性子と陽子を結びつける力「核力」について研究を
していましたが、この核力の正体として
「新しい粒子」の存在があるのではないかと仮説を立て、
「素粒子の相互作用について1」
として「新しい粒子」の存在について論文を発表しました。

 

しかし、論文を発表したものの、評価もされなければ、
批判もされず何の音沙汰もありませんでした。

 

当時の物理学界では、湯川秀樹さんは全くの無名で、
無名の日本人の書いた論文など
まともに相手にもされないという状況だったのです。

 

その時、仁科芳雄さん、菊池正士さん
といった物理学の仲間が湯川秀樹さんの論文を評価し、
学会にプッシュしました。
仁科芳雄さん、菊池正士さんは物理学では世界的に
名が知れ、発言力があったのです。

 

また、朝永振一郎さんは留学先のドイツで、
著名な物理学者ウェルナー・ハイゼンベルクさんに
湯川秀樹さんの論文を紹介し、
ウェルナー・ハイゼンベルクさんもこの論文の
素晴らしさを認め、「なぜこれが評価されないのか?」
と言ったといいます。

 

そうした物理学界の仲間の後押しがあり、
徐々に湯川秀樹さんの論文が評価され、
やがて1947年にイギリスの物理学者セシル・パウエルが
中間子の存在を証明し、
湯川秀樹さんの論文の仮説が正しかった事が証明されました。

 

この「新しい粒子」に目をつけた湯川秀樹さんの功績が讃えられ、
1949年に湯川秀樹さん42歳の時に、
日本人初となるノーベル物理学賞を受賞しました。

 

 

昭和天皇も
「賞を得し湯川博士のいさをしはわが日本のほこりとぞ思ふ」
と歌を作り、
終戦直後の日本で、湯川秀樹さんのこの功績は
日本人の誇りとなり、希望となりました。

 

という事で今回は
湯川秀樹 42歳 ノーベル物理学賞を受賞
というお話でした。

 

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