糸井重里 46歳「MOTHER2 ギーグの逆襲」を発表

糸井重里 46歳「MOTHER2 ギーグの逆襲」を発表

糸井重里 46歳「MOTHER2 ギーグの逆襲」を発表

 

 

糸井重里さんは、コピーライターとして活躍しながら、
ドラゴンクエストにハマり、感動し、自分でもRPGを作りたくなり、
任天堂に打診しました。
任天堂はなかなかOKしなかったものの、
糸井重里さんの熱意が伝わり、
任天堂としては初となる『MOTHER』
の制作・発売に至りました。

 

また、糸井重里さんは1989年、
ゲーム製作会社「APE(エイプ)」を設立しました。

 

初代『MOTHER』の発売から
5年余りが経過した1994年、
糸井重里さん46歳の時に、
スーパーファミコン用ソフト
「MOTHER2 ギーグの逆襲」
が発売されました。

 

キャッチフレーズは
「おとなも こどもも おねーさんも」

 

ゲーム内使用音楽は鈴木慶一さんと
田中宏和さんが作曲を担当し、
オシャレでポップなBGMで
スーパーファミコンではかなり大容量を使って、
ゲームの世界を彩りました。

 

ゲームのスタート時に
「好きな食べ物」「かっこいいと思うもの」
を設定し、帰宅するたびに
ママが好きな食べ物を作ってくれたり
「かっこいいと思うもの」が
必殺技の名前になったりするシャレた演出
があったり、ドラクエ、FFシリーズの
RPGシリーズの王道とは違った、
ポップでふざけた世界観
が大人気となりました。

 

ちなみに私がMOTHER2をプレイしたのは
小学生の時だったのですが、
当時、自転車に乗る時はMOTHER2で
自転車に乗った時のBGMを
口笛で吹いていたものです。

 

そういえば高校生になってもまだ自転車に乗る時は
友人と口笛を吹いていました。

 

「どせいさん」というキャラも大人気となり、
どせいさんの言葉は糸井重里さんの娘さんの書いた
独特な字が表示され、その字もよくマネしたものです。

 

ゲーム内に登場する「いちごどうふ」に妙な憧れを抱き、
その発想に感化された私はコーヒー牛乳にうどんをつけて食べたら
スイーツ感覚でおいしいのではないかと考え、
実験しましたが、ふたくち目を口に運ぶ事はできませんでした。

 

という事でMOTHER2にまつわる脱線話になってしまいましたが、
今回は
糸井重里 46歳「MOTHER2 ギーグの逆襲」を発表
というお話でした。

 

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