黒澤明 41歳 「羅生門」でベネチア国際映画祭金獅子賞・アカデミー賞名誉賞を受賞

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黒澤明 41歳 「羅生門」でベネチア国際映画祭金獅子賞・アカデミー賞名誉賞を受賞

黒澤明さんは、第二次世界大戦中の1943年(昭和18年)、
『姿三四郎』で監督デビューし、
その後、名優・三船敏郎さんと出会い、数多くの映画を制作し、
俳優、脚本家、美術、照明、
大道具小道具など制作メンバーも
「黒澤組」としてかたまりつつあり、
映画音楽家・早坂文雄さんとの
出会いを経て1950年(昭和25年)、
「羅生門」の撮影をスタートしました。

 

黒澤明さんは映画会社・大映に、
セットは羅生門のオープンセットと検非違使庁の塀のみでよい
と伝え、当時黒澤明さんの映画と言えば、
大がかりで、かつ、細部までこだわるお金も時間も非常にかかる
という印象があり、大映は黒澤明さんの提案する
「羅生門」のセットが羅生門と検非違使庁のみだと聞き、
一安心しますが、そのセットは高さ、幅が20メートル以上で、
周囲1.2メートルの柱を18本、屋根瓦4000枚を使った
とんでもなく大規模なもので、
制作日数は25日もかかるほどの
大がかりなものとなりました。

 

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俳優の三船敏郎さんをはじめ、京マチ子さん、志村喬さん、
カメラマンの宮川一夫さん、音楽担当の早坂文雄さん、
といったメンバーとともに撮影を開始し、
大雨を表現するため地域を断水し、消防車3台で
墨汁を混ぜた水をまき、
当時タブーとされていた太陽にカメラ・レンズを
向けるなど、大胆な挑戦も経て、
作品を完成させました。

 

しかし、大映の永田雅一社長はじめ、
大映の社員の反応は今ひとつで、
一般公開されても評判はあまり芳しくありませんでした。

 

そんな中、ベネチア国際映画祭に「羅生門」が出展され、
ベネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)を受賞し、
海外の批評家からも高い評価を得て、
その後、アカデミー賞名誉賞を受賞も受賞しました。
黒澤明さんの作品は世界で認められ、世界が注目する
「世界のクロサワ」となり、
敗戦で沈んでいた日本に大きな希望となりました。

 

 

という事で今回は
黒澤明 41歳 「羅生門」でベネチア国際映画祭金獅子賞・アカデミー賞名誉賞を受賞というお話でした。

 

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