本田宗一郎 40歳 本田技術研究所設立

本田宗一郎 40歳 本田技術研究所設立

本田宗一郎 40歳 本田技術研究所設立

 

 

敗戦直後に、時代の変化にどう対応するか世の中が慌てふためく中、
本田宗一郎さんは「人間休業」と称して、
のんびりと1年間の休養に入ります。

 

1年間たっぷり遊びながら冷静に世の中を観察して
英気を養った本田宗一郎さんは
1946年10月本田技術研究所を立ち上げました。

 

焼け残った工場で、従業員10人による出発でした。
友人の会社の倉庫でたまたま見かけた旧陸軍が使っていた
小さなエンジンを目にし、本田宗一郎さんは
自転車にエンジンをつけるという発想を思いつきます。

 

友人からそのエンジンを買い上げ、会社に戻りました。
敗戦直後の日本の交通事情は悪く、
バスも列車も少なく、いつも超満員で、
もっと個人が気軽に使える交通手段を作れば、
日本の発展にも繋がると考え、
研究に励みました。

 

試行錯誤を重ね、自転車用補助エンジンを完成させました。
500個作ったところ、これがあっという間に完売しました。
世の中の人にとって便利なものを作れば、
喜ばれ、売れるという確かな手応えをつかんだ
本田宗一郎さんはさらにやる気が湧いてきました。

 

次はイチからエンジンを作り、
「自転車用補助エンジン・ホンダA型」
を作り、これも大ウケでした。
エンジンを稼働させると「バタバタ」と音がすることから
「バタバタ」という愛称で親しまれ、
大ヒットとなりました。
その後、会社の規模を拡張し、
1948年本田技研工業株式会社を設立し、
本田宗一郎さんは代表取締役に就任しました。
ここから二輪車(バイク)の研究が始まります。

 

という事で、今回は本田宗一郎 40歳 本田技術研究所設立
というお話でした。

 

 

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