夏目漱石 40歳 教師を辞め朝日新聞社に入社

夏目漱石 40歳 教師を辞め朝日新聞社に入社

夏目漱石 40歳 教師を辞め朝日新聞社に入社

 

1907年(明治40年)、夏目漱石さんは朝日新聞社から、
朝日新聞社の社員になり長編小説を朝日新聞に連載しないか
というオファーを受けます。

 

その頃、夏目漱石さんは大学や高校で講師をしながら、
小説を発表し、大人気作家となっていました。

 

朝日新聞社に入社するという事になりますと、
教師の仕事を辞めなければいけません。
実は夏目漱石さんも、教師という仕事が億劫で、
できる事ならば作家に専念したいと考えていた時でした。
やりたい事は創作で、創作できるのならばそれでよしと考えていたのです。

 

しかし、作家は人気稼業ですので、
もしも今後、作家としての人気がなくなると
暮らしもままならなくなるという不安もありました。
夏目漱石さんにはすでに4人のお子さんがいて、
奥さんの鏡子さんのお腹の中には5人目の子もいたのです。

 

これが一生の分岐点になるかもしれないと、
悩み、考えぬいて、金銭面についての条件も含め、
夏目漱石さんは自分の要望を朝日新聞社に伝え、
朝日新聞社の方でその条件を受け入れる事となり、
ついに夏目漱石さんは朝日新聞社への入社を決意しました。

 

当時、教師という仕事が社会的地位、収入が高く、
その立場を捨て、作家の道を選んだ夏目漱石さんの選択に
周囲の人々は驚きました。
学生の中には夏目漱石さんに抗議する者もいたそうですが、
夏目漱石は、「教師をやめ新聞社に入社する事を
いちいち驚くのを辞めていただきたい。
新聞も商売なら大学も商売であり、個人で営業しているのと
政府で営業しているのとの違いだけである」
と述べたそうです。
夏目漱石さんは朝日新聞社に入社し、
「虞美人草」という小説の連載をスタートし、
この小説も大人気となり、ますます人気作家として
活躍していく事になります。
という事で、今回は
夏目漱石 40歳 教師を辞め朝日新聞社に入社
というお話でした。

 

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