夏目漱石 44歳 博士号を辞退する

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夏目漱石 44歳 博士号を辞退する

夏目漱石さんの「三部作」と呼ばれる
「三四郎」「それから」「門」が完成し、
作家としてますます人気と評価を得る中、
1911年(明治43年)、文部省から、
文学博士号を授与するという通知が届きます。

 

当時、「博士」という称号は大変に栄誉ある事でした。

 

「末は博士か大臣か」という言葉に象徴されるように、
とにかく社会的地位の高い、皆に崇めれられるような
ものだったわけです。

 

夏目漱石さんは、この通知を受けてすぐに、
辞退を申入れ、証書の学位記を送り返しました。

 

その時、夏目漱石さんは文部省にこのような手紙を書きました。

 

「小生は今日まで
ただの夏目なにがしとして
世を渡って参りましたし、
これから先もやはりただの
夏目なにがしで暮らしたい
希望を持っております。

 

したがって私は博士の学位を
いただきたくないのであります。

 

この際御迷惑をかけたり
御面倒を願ったりするのは
不本意ではありますが
右の次第故学位授与の儀は
御辞退したいと思います。」

 

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周囲には、夏目漱石さんが博士号を辞退したことについて、
様々な噂や憶測が飛び交いましたが、
夏目漱石さんは
「とにかくいらないものはいらないのだ」
としていたそうです。

 

夏目漱石さんは、以前に首相西園寺公望が
文学者を招待した夕食会も辞退したり、
権威に対する反発もあったようです。

 

また、この年は夏目漱石さんの五女ひな子さんが急死し、
夏目漱石さんは相当に精神的ダメージを受けました。

 

「自分の胃にはひびが入った。
自分の精神にもひびが入ったような気がする」
と日記には記され、
この年は小説を執筆する事ができませんでした。

 

という事で、今回は
夏目漱石 44歳 博士号を辞退する
というお話でした。

 

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