夏目漱石 49歳 「則天去私」この世を去る

夏目漱石 49歳 「則天去私」この世を去る

夏目漱石 49歳 「則天去私」この世を去る

 

1916年(大正5年)、夏目漱石さんは「明暗」を連載中、
188回の原稿を書き終え、「189」と番号が書かれた
真っ白い原稿用紙の上に突っ伏して
「死ぬなんてなんでもないことなんだな」
とつぶやき、その数時間後に奥さんの鏡子さん、
お子さんたち、たくさんの門下生に見守られて
この世を去りました。

 

夏目漱石さんは晩年は、
芥川龍之介さん、久米正雄さん、松岡譲さんといった
若い門下生の育成に力を入れていました。

 

芥川龍之介さんは「鼻」を夏目漱石さんに激賞され、
大いに喜び、作家として生きていく決心をしたといいます。
そんな若いパワーに刺激されながら自身も活躍していた
夏目漱石さんでしたが、晩年、門下生たちに伝えたのは、
「則天去私」
という事でした。
「天に則って、私を去る」
つまり、小さな私(我)を捨てて、
俯瞰的に大きな広い視野で物事を考えると、
理想や主義のしがらみから解放され、
逆に人々が軽視し、目にもとめないところに
大切なものを見出す事ができるという、
理想の境地のようなものです。

 

夏目漱石さんは晩年、この境地に達したと言われています。

 

夏目漱石さんは、
「芸術は自己の表現に始まって、自己の表現に終わるものである」
としています。
一見すると「則天去私」とは正反対の主張にも聞こえますが、
夏目漱石さんの作品からは、
この2つの考えが矛盾するどころか、
一対のもの、同義であるという印象を私は受けます。

 

という事で今回は
夏目漱石 49歳 「則天去私」この世を去る
というお話でした。

 

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