岡本太郎 58歳 大阪万博テーマプロデューサーを担当「太陽の塔」を製作

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岡本太郎 58歳 大阪万博テーマプロデューサーを担当「太陽の塔」を製作

1970年(昭和45年)、岡本太郎さんは
大阪で開催された日本で初めての万国博覧会のテーマプロデューサー
を担当しました。

 

岡本太郎さんに、この依頼がきたのは1967年(昭和42年)の時でした。

 

日本万国博覧会協会の事務総長が、岡本太郎さんを訪ね、
大阪の万国博覧会のテーマプロデューサーの依頼をしました。

 

10億円の予算を岡本太郎さんにすべて託し、
一切口出ししないというものでした。

 

さすがの岡本太郎さんもこれには即答できず、
しばらく考える時間が欲しいと伝えましたが、
事務総長は岡本太郎さん以外の方は考えられないと主張して、
引き受けてくれるまで協会に帰れませんと言って、
毎日のように交渉にやってきました。

 

岡本太郎さんは信頼できる何人かにこの事を相談しましたが、
多くの人が大反対しました。

 

国をあげてのこの事業に、
芸術がわからない役人を納得させなければ
いけないし、失敗のリスクが大きすぎると心配したのです。

 

しかし、皆に反対されればされるほど、
だんだん岡本太郎さんは
やる気になってきてついに大阪の万国博覧会
のテーマプロデューサーの依頼を受ける事にしました。

 

岡本太郎さんのイメージは
「ベラボーなもの」
でした。

 

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大屋根をつきやぶる巨大な塔のイメージが湧き、
会場のおもちゃ箱をひっくり返した雰囲気に強烈なスジを通し、
緊張感を与える存在を考えました。

 

出来上がったものは「太陽の塔」と名付けられ
原始と現代を直結させるような
ベラボーな存在感を放つものでした。

 

太陽の塔の中は、「生命の樹」という展示空間になっていて、
下から原生類時代、三葉虫時代、魚類時代、両生類時代、
爬虫類時代、哺乳類時代と並び、
単細胞生物から人類が誕生するまでが
300体の模型(この模型は円谷プロが担当)が並び、
その高さは45メートルあり、
未来へ続く生命力が表現されています。

 

塔の最上部は「太陽の空間」となっており、
生命の源の太陽の光が降り注ぐようになっています。

 

このベラボーにド迫力の太陽の塔は大好評で、
大阪万博に訪れた人々に大きな衝撃を与えました。

 

あまりにも強いインパクトとすばらしい岡本太郎さんの作品は
多くの人々に愛され、この太陽の塔は大阪万博終了後も引き続き
大阪府吹田市千里万博公園にそびえ立っています。

 

という事で、今回は
岡本太郎 58歳 大阪万博テーマプロデューサーを担当「太陽の塔」を製作
というお話でした。

 

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