伊能忠敬 55歳 測量の旅に出発

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伊能忠敬 55歳 測量の旅に出発

まず、はじめに、当サイトは
世界の偉人が何歳の時に何をしたかを、
友人の近況の噂話を語るがごとく、
リラックスしながら、おもしろおかしくつづるものです。

 

もちろん、事実のねじ曲げやねつ造を
意図的にするような事はしませんが、
史実としての正確性を期待しないでください(笑)

 

さて、伊能忠敬と言えば、歩測、すなわち、歩いて測量し、
日本地図を作りあげた人物としてご存知かと思います。

 

この伊能忠敬が日本地図を作るための
測量の旅に出発したのが55歳の時です。

 

現在の55歳でも、相当バイタリティを感じる年齢ですが、
1800年の当時の平均寿命は40〜50歳と考えると、
今の感覚では80歳で測量の旅に出たという感じかと思います。

 

実はこの時、伊能忠敬にはだいぶ年下の奥さんもおりました。
伊能忠敬は3度結婚しましたが、
55歳の時にも20代の奥さんがおりました。

 

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平均寿命に達しているダンナが測量の旅に出るというのを
受け入れる奥さんの器も
すごいですね…
この奥さんはとても美人で賢い女性だったと言われております…。

 

このように伊能忠敬は高齢にして
日本列島測量の旅に出かけるわけですが、
実は、この時点では測量の目的が
「日本地図を作る」というものではありませんでした。

 

当時、地球の円周がまだわからないという時代でした。

 

測量や天文学に没頭していた当時の伊能忠敬は、
学者として地球の一周の長さを出してみたくなりました。

 

江戸から蝦夷、今で言えば、
東京から北海道までの直線距離がわかれば
だいたい信ぴょう性の高い数値で
地球の円周を弾き出せると考えた伊能忠敬は、
江戸から蝦夷までの直線距離を測るべく旅に出ようと考えました。

 

しかし、現在の日本のように一般人が都道府県(藩)を
自由に行き来することができるような時代ではありません。

 

そこで、当時、幕府が欲しがっていた
蝦夷の地図を作ってきますという名目で、
旅に出る許しを幕府からもらいました。
ですので、表向きは蝦夷の地図作りの旅で、
実は当初の目的は江戸から蝦夷までの
直線距離を測ることなのでした。

 

 

といったわけで、ここから伊能忠敬の長い旅が始まるわけです。
伊能忠敬 55歳の旅立ちでした。
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