糸井重里 50歳 ウェブサイト「ほぼ日」こと「ほぼ日刊イトイ新聞」設立

スポンサードリンク

糸井重里 50歳 ウェブサイト「ほぼ日」こと「ほぼ日刊イトイ新聞」設立

糸井重里さんは1997年11月10日、
49歳の誕生日にMacを購入し、
1998年6月6日午前0時(バリ島時間)に
ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」(通称「ほぼ日」)を
開設しました。

 

ほぼ日を始めるキッカケについて糸井さんは、
ご著書の「ほぼ日刊イトイ新聞の本」の中で、

 

 

 

「なにかがガラッと変わるときというのは、
いろんな関係なさそうな要素が、
複雑にからみあって、ちょっとずつ流れを
つくっていくものなんだと、ぼくは思っている」
と表現しています。

 

 

1997年の秋頃に糸井重里さんは、
知人が熱心に見ていたパソコンのディスプレイを
覗きこんで、インターネットに衝撃を受けたといいます。

 

「サッカー日本代表を応援するページ」
というウェブサイトで、サッカーに熱い思いを持つ
ファンが、同じ熱狂的ファンに何の見返りも求めず
役立つ情報を提供し合う光景に衝撃を受けたといいます。

 

また、糸井さんのご著書「インターネット的」の中で、

 

【送料無料】インターネット的 [ 糸井重里 ]

【送料無料】インターネット的 [ 糸井重里 ]

価格:713円(税込、送料込)

 

例えば、肉じゃがを作るのが上手な人がいて、
その人が肉じゃがのレシピを
インターネットで公開することで、
情報のおすそわけをする事ができ、
日本中の肉じゃがが一瞬にしておいしくなる可能性がある
という話をされていました。

 

また、後に糸井さんは
『僕の「やりたい」思いというより
「やりたくないことをやりたくない」
思いから始まった』と語っており、
自前のメディアを持って情報を発信していきたい
想いが強かったといいます。

 

スポンサードリンク

 

広告という仕事では広告主がいて、
当然ながら商品を売るための表現方法や
広告主の意向がクリエイティブに
制約をもたらします。

 

またテレビや雑誌など、枠が有限なもので
表現する場合、そのサイズに合わせて
研磨されたものが人の目に触れる事になります。

 

そのような状況下で表現を続けてきた糸井さんが、
そうではない「クリエイターの「まかないめし」」
のようなものを発表する場を持ちたかったともしています。

 

ウェブサイトであれば、その文字数やページ数など
を気にせず、自身のタイミングで自身がよしとする
サイズで発表する事ができるので、
そのようなメデイアを自前で持ち
表現、発表する場が欲しかったと
いう想いが強かったようです。

 

このようなインターネットの可能性と、
糸井さんが身をおいてきた「広告」
という仕事のあり方への不満や不安のような
思いが相まって「ほぼ日」の創刊に至ったもの
と私は解釈しています。

 

ほぼ日は2014年現在、一日150万アクセスが
あり、特に「ほぼ日手帳」と呼ばれる
オリジナルの綴じ手帳を
中心に物販で高収益を誇るサイトとなっておりますが、
設立当初は広告を設置せず、
このサイト自体から収益が発生する
構造とはなっていませんでしたが
糸井さんは最初からインターネットやほぼ日は
ビジネスになるとは思っていたといいます。

 

大事なのは「人のにぎわい」であり、
人がその街に行きたくなる理由があるかぎり、
何をしたらよいかわからなくても、
食う道はあると考えていたとの事です。

 

糸井さんがほぼ日がビジネスとして成立するという手応えを
感じたのは創刊1年半後の1999年、
ほぼ日で販売したTシャツが3000枚という
予想外の売れ行きだった時との事です。

 

ただ、糸井さんは物理的に売れると感じたものを
バンバンリリースするのではなく
「商品も読み物も、すべてコンテンツで、
やりたいことしかしたくない。」
としています。

 

このような姿勢が「ほぼ日」が支持され続ける
由縁だと思います。

 

今後も最高のエンターテイメントを
提供し続けてくれることと思います。
最高の敬意を払いつつ楽しみにしています。

 

という事で
糸井重里 50歳 ウェブサイト「ほぼ日」こと「ほぼ日刊イトイ新聞」設立
というお話でした。

 

偉人たちの50代一覧へ

関連記事
スポンサードリンク

ホーム 人物名鑑 人生相談 今日は何の日? リラックス法学部 全記事一覧